●緑濃い黒川の集落が「一つの旅館」
黒川温泉は南阿蘇郡の緑濃い山間の集落にある。
国道から温泉街がある谷あいに下る道に車を進めるが、すれ違いに難儀しそうなとても細い道だ。
温泉街の中心部に向かって徐々に下ると、「田の原川」の両岸に宿が点在する緑の多い温泉街に乗り入れた。
蛇行する谷間の川と、心地よい緑と共に、旅館や各種店舗、共同浴場が狭い範囲に寄り添う様に集まっていた。
ほんの数十年前は山菜と川魚しか無い無名の温泉地であったが、最大限に温泉を生かしそれを名物にしようと一念発起した宿の主人がいた。狭い敷地の裏山に洞窟風呂を手掘りし、崖の下に露天風呂を削り出し、魅力的な湯船作りに邁進したことで、次第に訪れる客も増えた。
料理についても、田舎暮らし本来の食べ方である炉端料理を基本に据え、客人をもてなす工夫を積み重ねた。
そんな彼を見た他の宿からの相談にも積極的に向き合い、次第に旅館同士の一体感が培われていった。
個性的で魅力的な露天風呂が年毎に増えるに至る。しかし敷地の関係で、どうしても露天風呂を作れない宿も数件あった。
NHKのプロジェクトXでも取り上げていたが。それらの問題に向き合い、黒川温泉は一つの旅館であるとの共通理念を持つに至る。
1986年(昭和61年)には「温泉手形」による立ち寄り入浴の共通ルールを構築、それを各宿の呼び水に利用したりと、温泉起こし第一世代の努力が実り、今では料理についても黒川温泉の全体のクオリティーアップを目指し、第二〜第三世代の若手経営者達が「黒川温泉一旅館」の理念を元として活動している。
温泉街の環境づくりにおいても建物だけでなく植栽にも気配りし、黒川温泉らしさを守りつつも、建て込んで来てはいる。
そんな黒川温泉の中心部と思しき界隈が、黒川地蔵尊を頂く「地蔵湯」から「穴湯」が佇む丸鈴橋周辺にかけてであろうか。
このあたりは団体や日帰りの観光客も多く、旅館の廊下に車を乗り入れた感覚で、人の歩みに合わせつつ宿の駐車場を目指した。