私的な温泉旅のページ

南会津舘岩の温泉

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★南会津館岩の温泉
 南会津町は2006年3月(田島町/館岩村/伊南村/南郷村)一町三村の合併により誕生した。
この南会津町は尾瀬国立公園と、日光国立公園の北に位置し、「湯ノ花温泉」と「木賊温泉」は尾瀬寄りの旧館岩村にあり、この二つの温泉は日光国立公園の帝釈山から連なる尾根を挟んで東谷と西谷に点在する。
 まず東谷の湯ノ岐川沿いに有るのが「湯ノ花温泉」で、この湯の発見は1534年と伝えらているが、記録に有るのは明治12年に開湯されたとあるが諸説あり、実際は其れより以前から地元の湯処として利用されていたと思われる。
現在利用出来る共同浴場は4カ所で、沢沿いや沢に近い場所に湯船が作られている。
 次に西谷の西根川沿いに有るのが「木賊温泉」で、1065年に発見されたとされる古湯であるが、今も木賊温泉共同浴場「岩風呂」として村人たちや有志に守られて、一般にも解放されている。

湯ノ花温泉

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●湯ノ花温泉(福島県南会津郡南会津町湯ノ花) 
 湯ノ花温泉は湯ノ岐川の川沿いに点在し、現在使われている共同浴場は四箇所有り、男女別の浴室を持つ共同浴場二つ「法師の湯」と「湯端の湯」で混浴の共同風呂は二箇所「石湯」と「天神の湯」で、他に「老人福祉センターことぶき荘」も立ち寄り入浴が可能。
また旅館や民宿で内湯を持つところもある。
 初めてこの地域を訪れたのは合併前の1998年2月に職場の仲間とスキーが目的で、金曜日の夜、仕事を終えたその足で福島の南会津の地へ向かった。この時お世話になった宿は民宿「紅葉館」で自前の湯小屋を持つ民宿だ。二泊お世話になったが、夜中に到着した時に夜食として焼きたてのおやきを頂いた事、そして翌日は打ちたてのそばも頂いたがその時の味が忘れられない。また当時は立ち寄り入浴では入れなかった外湯の石湯にも、鍵を預かり貰い湯したことを思い出す。
惜しむなくはスキーの写真は撮ったが温泉や宿の写真は全く撮っていな事か。
余談だが現在「紅葉館」のホームページを見ると入浴は外湯を勧めていて、もしかしたら湯小屋は廃止したのかもしれない。

木賊温泉

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●木賊温泉(福島県南会津郡南会津町大字宮里字湯坂)
 木賊温泉に訪れたのが合併の年、2006年10月で、この時お世話になったのが「井筒屋」である。宿泊の翌日に紅葉を求め国道352号線で檜枝岐から奧只見湖の南西岸をかすめ魚沼市へ抜けるのが目的であったが、井筒屋で頂いたキノコの炊き込みご飯と地元キノコ料理の味が忘れられず翌年の冬にも再び訪れた。
それと素朴な料理の魅力に合わせて強く感じたのは居心地の良さであろうか。泊まったのは二度共二階の角部屋で、西根川の持つ自然の息吹が直接伝わってくる感じなのだ、源泉の湧く湯脈は命脈に通じるのだろうか、湯に浸かり、食事を頂き、沢音を聴きながら休むと、何故かこびり着いている疲れが剥がれ体が軽くなるのをこの宿に来るたび感じた。
昔の人も此処で活力を取り戻していたであろう事は、宿の歴史を見ても肯ける。
この井筒屋は木賊温泉で一番古い宿だ、創業は100年以上前にさかのぼるが、当初は今の沢沿いではなく坂を登った道沿い、今も建つが曲り家が創業の場所であったと聞く、湯は近くの「岩風呂」まで下りていたとの事だが、今の沢ぞいの宿の下に湯が出た事で隠居所として建物を建てたが、こちらに泊まりたいと客の要望が多く、結果今の場所が宿となった経緯を持つことからも湯船が近いだけでなく、この場所の環境の良さだとも思うのだ。
しかし人は環境を壊すこともあるので、良好な状態を人の手で守らなければならないのも事実だ。其れは西根川を挟んで対岸の敷地に「さいたま市立舘岩少年自然の家」が在るのだが、大きい施設なので少なからず周囲に影響を与えるている可能性もあるだろうし、沢の上流の環境の良さが要なので人工物が増える可能性も心配だ。
また宿のご主人に聞いたのだが、「宿の湯船」は足下源泉で、川の水圧とのバランスで湯船を維持しっている為、石を積み堰を作り川の水面を一定に保たなければならないとの事だった。
 最後に外湯についてだが木賊温泉の発見は約1000年前、井筒屋の下流に有る混浴共同風呂の「岩風呂」だ。屋根や脱衣場は有るが野天に近い古湯だ。大水の時はたまに上屋が流されることがある。
そしてもう一箇所は、岩風呂より約400メートル程下流の沢横の高台に造られた共同浴場「広瀬の湯」である。此方は男女別の浴室を備えるが、開放時間が地元の方々が使いやすい時間帯なので、外来者は事前に確認する事をおすすめする。